Kidnapper-後編-






その体に不釣合いなほど、大きすぎるとも言えるようなベッドに寝ているガッシュ。
そしてそのベッドに見合う、広すぎるほどの部屋。

この部屋で一人で寝るようになって、一年。
漸く慣れたが、ガッシュは専用のこの部屋があまり好きではなかった。


人間界にいた頃は、清麿の部屋で二人、寝ていたものだ。


あの頃が懐かしくて、広い部屋は寂しすぎて、
この部屋を自室として与えられて初めの頃は眠れない日々が続いた。
清麿の部屋へ行って、「一緒に寝て欲しい」と頼んだこともあった。
微笑ましげに「しょうがない王だな」と言って了承してくれたのも最初のうち。
そのうち一緒に寝てくれなくなった。

自分は王になるのだと言い聞かせて、一人で寝れるように頑張って、
熟睡できるようになったのはつい最近。



しかし、この日はなかなか寝付けずにいた。



――清麿はもう寝ただろうか。

そう思っていると。

微かに、ガラスが割れるようなガシャーンという音が聞こえた。
不審に思い、体を起こす。ベッドから降りると、窓の方へ向かった。
大きな窓を開け、音がしたと思った方を見てみる。
すると、月明かりを浴びたガラスの破片がきらきらと、雪のように舞っている所があった。
何事かと目を丸くし、次の瞬間気づく。


――あの辺りは、清麿の部屋ではないか?



そう思って、ゾクッとした。
清麿の身に何かが起きたと感じ、慌てて部屋を飛び出して清麿の部屋へと走った。

清麿の部屋の前に来ると、音を聞いて駆けつけた人々が何人かいた。
その中にティオがいた。ガッシュが近づいてきたことに気づくと、不安そうな顔を向ける。
「ガッシュ!」
「ティオ!今の音は……!」
「この部屋から聞こえたわ。」
「清麿は!?」
険しい表情を見せるガッシュ。ティオは不安そうな顔を横に振る。
「まだ誰も部屋の様子を見てないの。」
部屋の前に人だかりができているものの、誰かが中の様子を見たという形跡がない。
黙って入っては失礼、なんて言っている場合ではないのに……と思ったガッシュは、
押せば開くそのドアに突進し、体当たりをするようにして勢いよく開けた。



真っ先に目に飛び込んだのは、
大きな穴の開いた窓ガラス。そして、夜風に靡くカーテン。
ガッシュの部屋と同じくらいの広い部屋に、人気はなかった。

部屋に飛び込んだガッシュは部屋をぐるりと見回す。
清麿の姿がない。
その名を呼ぼうとして、ふっと見た真っ白いシーツのベッドに、
赤いものが見えた。
それを目にして、ベッドへ駆け寄る。



――血だ。



鮮やかなほど真っ赤な血が、ベッドにシミを作っている。

ガッシュの背中に、寒気が走った。


どやどやと人が部屋に入ってきた。
そして、ガッシュのいるベッドの脇へ流れるようにやってきて、ガッシュと同じものを目にする。


「……ち、血よーー!」


甲高い叫び声が上がり、それを聞いた野次馬達は騒然とする。


「何が起きた?」
いつの間に来たのか、ゼオンがガッシュの横にいた。
「……これは、清麿の血なのか?」
冷静さを保つゼオン。ガッシュは清麿のと思われるその血の跡を見て硬直していた。
その背後にいたデュフォーは、足元に何やら白い紙が落ちていることに気つき拾い上げた。

「……『あなたの命をください』……。」

抑揚なくそれを読み上げたデュフォー。
ガッシュとゼオンがその言葉に反応し、同時にデュフォーを振り返った。
「そ、れは……。」
「落ちてた。」
震えるような声でガッシュが問う。デュフォーはその文面を見せながらあっさりと答えた。
「清麿の……ことなのか?」
「……そのようだな。」
ガッシュが呟く。ゼオンがそれに答え、同時に表情を険しくした。

「清麿のことを良く思っていない奴がいるとは知っていたが。ついに行動を起こしやがったな。」
ゼオンは事を把握したようだ。


清麿は、何者かによって攫われたのだ。


ガッシュもそのことに気づいていたが、

――自分のために魔界へ来てくれて、それで憎まれて攫われるなんて……。

そう思い、悔しさで震えていた。


しかし、ここでこうしていつまでも震えているわけにはいかない。
意を決したように強く拳を握ると、割られた窓を見つめた。

「助けに行くのだ。」


何者かによって攫われた清麿を、この手で助けに行こうと決心した。






王宮を守る守衛達が、清麿の部屋から飛び出す影を見ていた。
ガラスが割れる大きな音と、月明かりが幸いしてか何人もの守衛や、まだ起きていた王宮内の者がそれを目撃していた。
情報は沢山あったが、誰もその正体までは解らなかったらしい。
すると、
「僕も見たよ!あれはたぶん……。」

清麿を攫った者を知っている魔物が名乗り出た。

モモンである。

魔界のことについて勉強をしていたモモンは、一息つくために夜の散歩をしていたらしい。
その最中に、夜空に弧を描く人影を見たという。
月の明るさで顔が見えた。そして抱きかかえているのは清麿だったと説明した。
「あの気配。たぶん、あの山に住んでる……。」
モモンが指差す先には、それほど高くない山があった。
魔物の気配を感じ取ることの出来るモモンは、その気配を以前から知っていたらしい。
とても禍々しくて不気味なその気配は、遠く離れているはずのこの場所からでも感じ取れたと言う。
今その魔物は清麿を連れて山に戻ったと、耳を動かして居場所を教えてくれた。
「それにしても、王宮内にいたならもっと早く気づいてたはずなんだけどな……。
いつかのアースとカルディオみたいに気配を消してたのかな。」
顎に手を当てて考え込むモモン。それを横で見ていたティオは、モモンのパートナーであったエルがこの姿を見たら喜ぶのだろうかと考えていた。

そのモモンに同行してもらい、
ガッシュ……だけでなく
「俺も行く。」
「俺も。」
ゼオンとデュフォーも行くことになった。






* * *






山奥の、暗い洞窟の中――。

「何を……する気だ……?」

胸に走る痛みを堪えながら、清麿は、無表情で自分の顔を覗き込んでくる赤い髪の魔物を睨みつけていた。
しかし、魔物はそれが聞こえていないかのように、ただ清麿の顔を見つめ続ける。

漸くしゃべったと思ったら。

「清麿様。貴方はとても美しい人間です。
――黒く美しい髪、瞳、真珠のような肌、……全てが美しい。
そして、あの落ちこぼれを王に育て上げた心の持ち主……。素晴らしいお方。
……お慕いしております。清麿様。」

不気味な笑顔と声でそう言って、
自らの鋭い爪で付けた清麿の胸の傷を舐めた。

舐められた傷の痛みと魔物の気味の悪さに、清麿の息が止まる。



「貴方を、私のものに。
貴方の命を、私のものに……。
貴方との永遠は、私の永遠に……。」



そう言うと舌なめずりをして、口を大きく開いた。
その中で牙が鋭く光っている。
清麿はそれを目にしてゾクリとした。

その牙がゆっくりと、清麿の左胸に喰らいつこうと
した瞬間――


「清麿ーーー!!」


洞窟の中に響くその幼い声は。

「ガッ……シュ……?」



「清麿の匂いがするのだ!」
その声と共に、数人の気配が駆け寄ってくるのがわかった。
助けが来たと思い、清麿は微かに笑顔を見せる。



ガッシュは、赤い髪の魔物が清麿に覆い被さっている姿を目にしていた。
「清麿に何をするのだ!!」
ガッシュがそう叫ぶと、それに反応してか、ゼオンが手のひらを赤い髪の魔物に向けていた。
その手から稲妻が放たれる。

魔界に帰ってきたことで、パートナーが呪文を唱えなくても術が使えるようになっていた。
ゼオンはザケルを放ち、それは見事赤い髪の魔物に命中。吹っ飛ばされ、岩にもたれ掛かった弱った様子の清麿が姿を見せる。
「ゼオン、ありがとうなのだ!」
そう叫びながら、ガッシュは清麿に駆け寄った。
胸から血を流し、苦しそうに息を荒くしてぐったりしている清麿を抱き起こす。
「清麿、大丈夫かっ!?」
今にも気を失ってしまいそうな目をしている。ガッシュはそんな清麿に必死に声を掛けた。
デュフォーは清麿の横へ来ると、無言で抱き上げた。
横抱きにされた清麿は、その瞬間、目を閉じてしまった。どうやら気を失ってしまったらしい。
「清麿っ、清麿!!」
清麿を心配して、デュフォーの足元で飛び跳ねているガッシュ。デュフォーは、『つい最近こんなガッシュを見たな』と思っていた。

「……来る。」

清麿の顔を見ていたデュフォーがパッと顔を上げ、赤い髪の魔物が吹っ飛んで行った方を見た。

「清麿様は私のものぉぉ!!」

赤い髪の魔物がそう叫びながら、恐ろしい形相で鋭利な爪を光らせ勢いよく飛んできた。
ガッシュは驚きつつも身構えた。そして口に光が集まり、ザケルガを放つ。
間一髪避けられ、赤い髪を掠める。
清麿を取り戻そうとデュフォーに襲いかかろうとする魔物。
デュフォーはまったく動じない。
飛び掛った魔物を阻むようにゼオンがその間に入り込み、今度はテオザケルだ。
命中。再び赤い髪の魔物は倒れた。
「デュフォー、この間に清麿を連れて帰るのだ!」
ガッシュのその命に従うかのように……、否、デュフォーはそうしようとしていたところだった。
無言でくるりと方向転換をし、洞窟の外を目指して静かに歩き出した。

「清麿様……!!」

体を起こす魔物。乱れた赤い髪、その隙間から、見開かれた目が見えている。
その場に残ったガッシュとゼオンはそれを見て顔を引きつらせていた。
「お、オヌシ、清麿をどうしようというのだ!」
「清麿を攫って、何がしたい。」
ガッシュとゼオンは怯んでいられないとばかりに魔物を睨むと、矢継ぎ早に声を掛けた。

「清……麿、様の命を……。」

やっと話に応じる気になったのか、立ち上がった魔物は怪しげな微笑を見せながらそう呟くように言った。

「愛しき清麿様の命は、私の永遠になる……。」

「……何を言ってやがるんだこいつは。」
ゼオンが呆れたような声を出す。一方、ガッシュは何を言っているのかさっぱりだ、という顔をしていた。
すると、岩陰に隠れていたモモンがひょっこりと現れ、
「ぼ、僕知ってるかも……。」
と、震える声で言った。ガッシュとゼオンはモモンに注目する。

「本で読んだ。……この、赤い髪の魔物の一族は、愛しい人……、愛している人の心臓を食べると永遠の命を得られると信じているって……。」
「……なんだそれは。」
モモンの説明に、ゼオンが信じ切れないとでも言いた気につっこんだ。
そしてガッシュは首を傾げている。

「愛しき人、清麿様……。」

ねっとりとしたその声は清麿に執着していることが現れているようだった。
不気味な笑みで、ふらりと一歩前に出ると、
突如表情を一変させ、カッと目を見開き獲物を狙うような顔になった。

それを見たガッシュとゼオンは、咄嗟に同時に術を放った。
二つのザケルガが混ざり、真っ直ぐ魔物へと飛んでいく。

それを、赤い髪の魔物は正面からまともに受ける。

撥ね飛ばされたその体は壁に打ち付けられ、ぐしゃりと地面に落ちると、
ピクリとも動かなくなった。



「あ……。」
咄嗟に放ってしまった術が、ゼオンの放ったものと混ざって威力を増してしまったと思ったガッシュは
動かなくなってしまった魔物の身を案じた。
「……死んではいないはずだ。」
ゼオンはそう言うと身を翻す。どうやら帰る様子。
「……スマヌの。……でも、清麿を攫ったことは悪いことなのだ。」
ガッシュも、そう言い残してゼオンの後を追った。

そして、最後に残されたモモンは。



「愛しちゃった人が悪かったね……。」



そう呟き、二人を追った。







* * *







深夜の王宮は騒然としていた。
デュフォーに抱えられた清麿の身は真っ直ぐ医務室へと運ばれ、手当てがなされる。
後から帰ってきたゼオンとモモンによって事が伝えられ、そのうち野次馬達も落ち着きを取り戻してそれぞれの部屋へ戻って行った。

「愛している人の……心臓を、ねぇ……。」
ティオはモモンの説明を聞き、反芻していた。
そんなジンクスを持つ一族がいたとは。知らなかったとはいえ、話を聞いてとても驚いた。

「それにしたって……。」

そう呟いて、先は言葉にしなかった。
自室へと歩を進めながら、思っていた……。


(愛しちゃった人が悪かったわよね……。)







その後、
警備体制が強化され、
清麿には護衛がつけられるようになった。

なんとか職務に復帰した清麿は、
事の大きさに驚きつつも仕事をこなしていた。

「ガッシュ。」
「清麿!元気になったのだな!?」
「ああ。……助けてくれて、ありがとな。……いや、ありがとうございます、王様。」
「ウヌゥ、そんな呼び方をしなくていいのだっ!」
「さて。」
「ヌ?」
「今日は朝から勉強、お昼に勉強、夕食の前に勉強して、夕食の後は勉強。入浴の前に勉強して、最後に就寝の前に勉強。」

「逃げるな。」






今日も、皆から愛される清麿は、

勉強から逃げ出そうとするガッシュを捕まえ、
デュフォーから「バルカンを」という無言の催促を受け、
ガッシュに喧嘩を売るゼオンを注意し、
現王・王妃の夫婦間の相談を受け、
モモンにズボンをおろされるのであった……。







『時の籠』闇頼翠時さまへv
相互記念で素敵な小説を頂いたので、へぼいですがお返しを…!
お待たせしました…!!
「銀本赤本仲良し、清麿誘拐血ネタ」で……こんなんでよろしかったでしょうか?;;

ご要望により、前編をみりんが、後編をあじのもとが書いてます。
タイトルがなかなか決まらなくて、ずっと仮タイトルで呼んでました。
仮タイトル「キング オブ ストーカー」
……。
…すみません。